【人体実験】パフォーマンスにならないこと、を誓って人に見られる旅に出発する。
さて、27日(土)は一日中、見られる日となる。
昨日、今回のメンバーでもある舞台美術家の坂本くんのアトリエで、見られ方の話し合いをした。
どんな立て看板を持ち、どのように舘そらみが立つのか、の打ち合わせ。
おもちゃ箱のように楽しさ詰まった美術家さんのアトリエで。
どんな舞台のセットだって、魔法のように作られていく場所で。
そんな場所での私たちの議題は、どうやったら「舘そらみを見世物にしないか」。
せっかくなんでも作れる場所で、「出来るだけ作らない」ことのアイディア出し。なんとまあ、宝の持ち腐れ。
変なパフォーマンスに慣れきっている大都会TOKYO。
「なんかやってるわー」って、あっという間にパフォーマンスとして受け入れられてしまう。
例え何もせずに立っているだけでも、人の目線が集まればすぐに「見世物」へと変貌してしまう。
見世物になってしまったら、その途端に私は「見られてOKな人」になってしまう。その際に向けられる視線は、対人に向けられる視線とは違ってきてしまう。観察というか、単なる「視聴者」としての視点で、それではちっとも実験にならない。
私たちが欲しいのは、人間対人間の「見る・見られる関係」!!
「なんかまたやってるわ」と、見世物として受け入れられては、意味がないのである!!!
ああしかし、そうは言っても、ただ立ってるだけでは人は見てくれない。
なので、出来るだけ「見世物感」を排除しながら人に見てもらう方法をあーだ、こーだ。
一体どんな立て看板を私は持つのか。
タスキでもかけるのか、旗を持つのか、いっそ頭から何か生やすか、大真面目に喧々諤々。
さらにどんなポーズで立つのか、どうだどうだ…
どうやったら自然な視線を送ってもらえるのか……
大真面目に話し合った結果、
ただ椅子に座り小さな板を持つという、超絶地味な姿におさまりました。
てことで、これがデフォルト(笑)
色々なポーズを試したみたけれど、立ってるより座ってる方がずっといいし、そしてこの椅子が一番よかった。
このスタイルが、「見られる人間」として一番不自然でパフォーマンス性が低いとの判断。
※板にはチラシが貼られます。
※洋服はこれとは異なります。何種類か試します。
鉄だって切れちゃう立派な機械で作ったのは、最終的にたったの板一枚(笑)ついつい起こる「何か作り込みたい欲求」は封印。
そうは言ってももちろん、何かしらをしていないと人は見てくれない。そのジレンマの中で、出来る限りの創意工夫を、坂本くんはじめメンバーが施していきます。
パフォーマンス性は持ちすぎずに、それでも見てもらう工夫。
さらに望むのは、「たくさんの種類の見られ方」を引き出す工夫。
なんとも、こわーいなあ。な前日夜。
どうも、とっても怖いです。
やっぱり人間は、まっさらな状態で人になんて見られたくないんだな、と思います。
やっぱり人は、何か役割を与えられたり気合いを入れたりしないと、人前に立つのは厳しいんだと思います。そんな発見をする、見られる前夜。
てことで、明日は頑張らなくっちゃ。
人に見られても、なんとか繕わずに見られ続けることを頑張ります。
その先に、何があるのだろうか。
私自身はマジで全く何もしないですし、あっけないほどに地味なものになる気がしますが、私たちなりの「人に見られるとはどういうことか」の実験を惜しみなく出来たらいいな。(多分、本当に地味です)
Twitter @hitonoshisen にて、フォトグラファーのまゆゆが実況してくれる。