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舘そらみのオトコミシュラン

2017年は、セブ島か東京に居ます。

【住所不定化計画】移住先を、ぼんやりと探し始めた。

 

どこか違うところで暮らした方が良いのだろうとぼんやりと思い始めた。2年ほど前。

劇団員としてガムシャラにきたここ8年、光熱費を止めないことと目の前の締切に追われ、大きな生活変化を考える余裕はなかった。

日々の生活を「売れだすまでの準備期間」と無意識にとらえていたかもしれない。準備期間の過ごし方は、あまり気にならないものだ。

でも脚本家としての仕事が増え始め「プロ」としての自覚が芽生えたころ、人間としての自覚も芽生えてきた。 

何か不満があったわけではない。どちらかというとかなり毎日楽しく生きている。

 

でも、思ったんだ。「本当にこのまま、ここに一生居ていいの?」

その問いかけに、「なんか違う気がする」とおぼろげながら思い始めた。

 

東京に住むのは、なんか違う気がする。

ほんの少しだけ、私と東京はズレている。

大したズレじゃないし一生東京に住んでいけるけど、でも、もしもそのズレが無くなったら今とは違う楽しい生活が待っているのかもしれない。

「ちょっと、移住先を探してみようかな」

福島、福岡、大阪、鹿児島、兵庫、香川、群馬、島、、仕事で行ったついでにちょっと長めに滞在して妄想を膨らました。

 

あ、日本じゃない方が、いいのかもしれないな。

 

そんな自然な答えが、導かれてしまった。

きっと、私が感じる「ちょっとのズレ」は、東京だけではなく日本が持っている何かだと思った。

 

これは、「合わないから逃げる」なんていう消極的な理由とはちょっと違う。

「日本(東京)も楽しいけれど、どこかにもっと自分に合うところがある気がする」という感覚で、

「そんな欲望に自由になっていいよ!」

という自分へのGOサインが出たんだ。

 

家族も居て、私のことも育ててくれたこの土地に、執着するのが当たり前の気がしてた。

帰国子女でもある私は、恐らく余計に、この土地に住むことに固執させていた。

でもね、もう32歳。

別にいいんじゃないかなーって思うんだ。

行きたいところに、行けばいい。

そんな許可を自分自身に与えた。

 

私はパッパラパーでありながらどこかクソ真面目なので、「移住する」というのは容易でない。

今までの生活を変えるのは怖いし、心細い。

でも「日本を出て、どこかに暮らそう」という思いにたどり着くと、途端に安心感を感じた。

人に伝えるほどに、確信めいたものに変わった。

それでなんとなく、移住先を、探し始めた。

脚本家としての仕事は必ず続けたいから、日本と時差があまりないところがいい、たまには帰って打ち合わせ出来る国で……過去の世界一周の経験をもとに、一つ一つの国をイメージし始めた。

 

ちょうどその頃、セブ島に行く仕事の話を耳にした。

「これだ!」と思い飛びついた。

 

ということで2017年、月の半分をセブ島で暮らす生活が始まっている。

私の中で、「移住してみっか~」の気持ちの、一つの答え合わせのつもりでやってきた。

海外で暮らすとはどういうことなのか、本当に暮らしたいのか、自分を試す意味合いを持って来ている。

【映画】

DVD発売中「私たちのハァハァ」

【WEBコラム】

「31にもなって約2週間仕事もせずにXを無心で追いかけてみる」

「初めましての恋バナ図鑑」

【劇評】

2月2日朝日新聞デジタル

【掲載】

週刊SPA!「いま、女たちが「都合のいい男」を欲しがるわけ」

LIG「言葉オタクなんです、私」

 

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